小稿で取り上げるのは、平成六年度に実施した四年次の国語(一単位・週一回)における試みの一斑である。高学年次に配当される人文系一般科目の担うべき役割について、ここで議論する余裕はないが、誤解を恐れずに言えば、この授業は、専門学科の教官から折にふれて要望の出る〃進学・就職のための実用国語〃とは、およそ縁遠い内容である。
年度当初に学生に配布した授業概要のプリントには次のように記した。
室町時代に成立したお伽草子『浦島太郎』『一寸法師』は多くの日本人に親しまれ、その影響下に成った文学作品は枚挙に暇がない。また今日に童話・絵本・昔話としても伝承されている。この授業では、国文学・神話学・民俗学・心理学などの研究成果を紹介しつつお伽草子作品を精読する。そうして、なぜこれらの作品が長く日本人に親しまれてきたのかを考察し、日本人及び日本文化を見つめ直す端緒をひらくこととする。(以下略)
この授業の成果の一端を確認する意味も含めて、後期の後半は、日本人及び日本文化に関わる任意のテーマを設定し、四千字程度の小論文を作成することも、年度当初に予告した。
なぜ『浦島太郎』を取り上げるのかといえば、第一にほとんどの学生が〃浦島太郎のはなし〃を知っていること、第二に浦島伝承が古代より現代に至るまで通史的に存在すること、第三に低学年次に学習した古文読解の知識でお伽草子『浦島太郎』を学生が十分に読みこなせること(お伽草子は筆者の専門でもある)、そして第四に心理学の立場から河合隼雄によってなされた浦島伝承に対する興味深い分析があること、等々の理由による。
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