高専実践事例集
工藤圭章編
高等専門学校教育方法改善プロジェクト
1994/03/24発行

   


  
こんな授業を待っていた

   
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T人文・社会・外国語系の授業がいまおもしろい
  1 学生いきいき

 

 ●初心者へのフランス語授業(41〜50P)

  やってよかった              山岸文明  沼津工業高等専門学校教授

     
 

 デビュー(DEBUT)

   

  沼津高専で英語、独語を学んできた5年生に選択教科としてフランス語が開講されたのは、今から6年前の1988年(昭和63年)のことである。目新しさもあってか、これまで受講希望者が多く、学習態度もおおむね長好であると言ってよいだろう。なぜフランス語かという素朴な疑問があるいはあるかも知れないが、たまたま筆者が初歩のフランス語ならば、なんとか教えられそうで、非常勤講師を探すことなく始められるということもあった。当時、英語、独語以外の外国語の導入に積極的であった慶伊学校長に、かなり熱っぽい口調で、お前やれるかと聞かれて、ええ何とか、と答えると、それじや春体みにフランスへ行って勉強してこい、とあれよあれよという間に話が進んで、早くもその年の四月には意気揚々気持ちのよいスタートを切ることになった。

 

   選択理由(RAISON DE CHOIX)
   

  開講当初から今まで、フランス語を選択する学生の選択理由は、いわゆる雑学、教養として、一つでも多くの外国語を使えるようになりたい、ということであろうと思われる。
 驚くべきかどうかわからないが、本校の学生で英語、独語以外の外国語(フランス語、朝鮮語、中国語、ロシア語、スペイン語等)を、ラジオ講座や自習書などで独習しているものが少なからずいる。語学が好きな学生が結構いて、未知の言語の習得に意欲を燃やしている。
 未知の外国語を学習する場合、まったくの独学よりも学校で学ぶ機会があれば上達の速度はそれだけ早い。興味シンシンで学べば一層効果は上がるはずだ。
 開講一年目に受講したG君は、フランス語選択の理由をこう書いている。「僕がフランス語を勉強したいと考える理由は、語学を勉強する理由としては当たり前のことですが、フランスヘ行ってそこに住む人々といろいろな話をしたいからです。しかしそれは旅行ではなく、長期滞在を考えたものです。大人になったら世界のあらゆるところをまわって、デザインの勉強をして、インダストリアルデザイナーになるというのが、人にはほとんど話したことのない僕の夢ですが、フランスに学ぶことが多いだろうという考えと、英語の次に世界で便われる言葉の一つがフランス語であるということが、フランス語を勉強したい大きな理由です。三年生になってから寮でフランス語の勉強を始めました。その手近な方法として、NHKのラジオ講座を使いました。しかし、朝か昼しか講座の時間が無いので、タイマーで録音して、夜にそれを聞くようにしました。結局三力月ほどで挫析したのですが、僕の性格から考えると、長く続いたほうだと思います。今年からフランス語の選択ができるので、迷わずに希望することにしました。」
 選択の動機は当然のことながら人それぞれである。そしてフランス語は確かに始めはめっぽう面白く、次第にとてつもなく難しくなる。しかしフランス語の難しさを知れば、逆に英語の習いやすさを再認識することができるかも知れないし、また、知らず知らずのうちにフランス語の面白さに引かれて、将来フランスで活躍する人が卒業生のなかから出るかも知れない。今頃あのG君、何処で何をしているのかしら。会って、話してみたいものだ。“BONJOUR. COMMENT CA VA ? QU'EST-CE QUE TU FAIS DANS LA VIE?"

 

   試行錯誤(ESSAI)
   

  講座名が「フランス語会話入門」と銘打ってあるように、授業はもっぱら日常会話中心で、それにほんの初歩的な文法が加わる。週に一回、二時間連続授業なので、あまり多くは望むべくもない。一年間の授業展開としては、アルファベから始めてフランス語特有の数字の言い方、あいさつ、紹介、天候、時間、ショッピング、道を尋ねる、カフェ・レストランで、訪問、等々のテーマごとに表現を覚えていくという方法で学習していく。その際に、出来るだけ音声を重視することにしている。フランス語学習における困難点の一つは、スペリングの難しさと文法の複雑さにあると言えるので、初心者の学生達にはそれらの点についてはあまり過度な要求はしない。文法ばかりやったら、三日でフランス語はいやになりそうだ。実際、大学に編入したある学生が、母校を訪ねた時に、恩師を喜ばせるつもりであろうが、「大学のフランス語は文法ばかりで、高専でやったフランス語の方が役に立ちました」と語ってくれた。
 この6年間は試行錯誤の連続であった。一年目は難しすぎるテキストを選んで往生したが、よくついてきてくれた。また、19名の全員にフランス人のニックネームを付けて呼ぶというような、今思えば一人で照れるのだが、学生達に心を熱くして向かっていった初年度だった。(ALAIN, ANDRE, BERNARD, CLAUD, IRENE, IVONNE, FRANCOIS, GEORGES, JEAN, JACQUES, JULIEN, LORIN, LOUIS, MARIE, MARTIN, MAURICE, MICHEL, PATRICIA, PIERRE たちよ、CA VA?)二年目はグループでやったフランス語の寸劇をビデオに撮り、それを皆で観て結構盛り上がった。これは彼らの演劇的感覚を活性化させるに十分だった。三年目は初めて定員割れを起こし、無理して受講者を集めたためか、それまでとは一味違う年だった。しかし、全体的には学生達の地道な努力と、ホノボノとした雰囲気が漂うクラスだった。
 四年目からは、授業の一部にフランス映画を取り上げた。ジェラール・フィリップ主演の「赤と黒」(LE ROUGE ET LE NOIR)「モンパルナスの灯」(LES AMANTS DE MONTPARNASSE)の他、ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」(LES PARAPLUIES DE CHERBOURG)フランソワ・トリュフォー監督の「大人は判ってくれない」(LES QUATRE CENTS COUPS)を観た。何人かの学生の感想を記すと、「めったにフランス映画は見られないので貴重でした。アメリカや日本にない独特の雰囲気も感じられました」「授業で知った映画は、どれも暗い感じがしましたが、それが仏映画の雰囲気かも知れない。それはそれでけっこう楽しめた」「ところどころ聞き取れるフランス語が出てくるとついうれしくなる」「映画の中に出てくる言葉をピックアップして紹介すればフランス語に幅が出てくると思う」「四つの映画の中で気に入ったのは《大人は判ってくれない》です。最後のシーンは他の映画にない新鮮さを感じ今でも思い浮かべることができます」「《赤と黒》はつまらなかった」「やはり映画が一番の楽しみだったと思います。《シェルブールの雨傘》が一番よかったです。映像がきれいで、あの歌にあわせていうセリフがおもしろかったです。将来必ずフランスに行こうと思いました」などである。せりふの大半は聞き取れなくとも、生のフランス語に接する機会は貴重であり大切にしたい。
 五年目からはビュッフェ美術館見学を実施している。幸いなことに、学校のすぐ近くにベルナール・ビュッフェ美術館がある。毎年秋になると、スクールバスで訪れる。ここにはビュッフェの絵画の集大成が見られ、絵のタイトルがフランス語のよい勉強になる。事前指導も忘れてはならない。見学した学生の感想文から一
 「ぼくにはこの人の絵の良さがわかりませんでした。直線的な絵はあまり好きではない。黒を主体とした絵が多く、そのせいか暗くさみしい絵が多い。反面、ぱっと目を引く鮮やかな作品も何点かあり印象に残った。授業でやった単語があって、その中で静物《Nature Morte》というのは何度も出て来たのですぐ覚えました。」
 そして今年は六年目になる。使用テキストは『やさしいフランス語会話』(白水社)。まず文字を見ないで音声テープを聴かせる。それから教師のあとにつけて言わせる。出来るだけ全員に当てる。ここでは意味よりも音に慣れさせる。例えばフランス語の[r]の音は独特で、ちょうどうがいをするときの音に似ている。何度かこの練習をする。この音がうまく出せるとフランス語らしさが感じられる。学生は楽しそうにやる。続いて会話練習をペアでする。授業はLL教室で行っているので、ヘッドセットを使って個人の発音練習やペアでの会話練習をするのに向いている。
 第十一課「訪問」の一部を紹介しよう。

GORO : BONJOUR, MADAME.
Madame LEBLANCE : BONJOUR, MONSIEUR. COMMENT ALLEZ-VOUS?
GORO : JE VAIS TRES BIEN, MERCI. ET VOUS?.
Madame L. : TRES BIEN, MERCI. ENTREZ, S'IL VOUS PLAIT.
GORO : MERCI, MADAME.
Madame L. : PASSEZ PAR LA.
GORO : C'EST VOTRE SALON?
Madame L. : OUI, C'EST CA. A GAUCHE, C'EST LA SALLE A MANGER.
GORO : ELLE EST GRANDE! EN FACE, C'EST VOTRE CHAMBRE?
Madame L. : OUI, C'EST MA CHAMBRE.
GORO : BOUS AVEZ COMBIEN DE PIECES?
Madame L. : QUATRE PIECES SEULEMENT. CE N'EST PAS GRAND ; C'EST PETIT.
GORO : MAIS NON, VOTRE APPARTEMENT EST GRAND!
Madame L. : ASSEYEZ-VOUS.
GORO : MERCI, MADAME.

 きわめて簡単かつ有用なフランス語の日常会話で、この程度の会話を聞いてすんなり理解でき、しかも口に出して一言えれば入門編としてはまずまずであろう。この位のレベルのフランス語を身につけることが、高専でのフランス語の教育目標ではないかと思われる。

 

   学ぶ楽しさ、教える楽しさ(QUE! PLAISIR!
   

  あまり自慢にはならないのだが、私は専門の英語を教えている時よりも、私にとって第二外国語であるフランス語を教えている時の方が楽しい。なぜだろうかといつも不思議に思う。一つには、私自身がフランス語の初心者だという意識があるためかと思う。学生達と一緒に学んでいるという気持ちが、英語に対してよりはるかに強い。自分が既に獲得したものを教えるというよりも、むしろ自分の勉強と思って学び教えている。そこが、自分にとっても新鮮なんだと思う。フランス語の難しさを知っている故に、学生の間違いに対して寛容でいることができる。これは大変嬉しいことである。
 
生まれて初めて習う外国語を、何とかして苦痛よりも楽しさを、困難よりも成就感を持たせて学習させたいという気持ちを持つ。あくまでも、その後の勉強へのよき導き手でありたい。二十人前後のクラス構成だから、一人一人の手を引いて小高い丘に登るくらいはできそうだ。登山経験のまったくない人をいきなり冬山に登らせるような授業は避けなければなるまい。フランス語を学ぶ楽しさ、教える楽しさの持つもう一つ重要な要素は、フランスの文化、芸術への尊敬と親愛の念であろう。(最近感銘を受けたものとしては、現代フランスの秀れた歌手イヴ・デュテイユの心を打つシャンソン、俳優ジェラール・ドパルデュの野性味、舞踊演出家モーリス・ベジャールの卓越した演出論がある。)授業でも可能な限り、フランス語の歌や、映画や、絵画(ルーヴル美術館所蔵絵画のLDにより)などを紹介する。実際、前述のイヴ・デュテイユ(YVES DUTEIL)のシャンソン「こどもを抱いて」(PRENDRE UN ENFANT)を授業で歌ったが、これはフランス語が比較的やさしい上に美しいメロディーをもち、現代フランスのユマニスムを感じさせる格調あるものである。フランス語の美しい発音を聴かせることができてよかった。

 

   今後の課題(REVES POUR DEMAIN
   

 将来技術者として生きていく高専生にとって、外国語とは学生時代にその基礎を広く学び、将来は各人の必要に応じて深めていくものではないだろうか。彼らはいつどこの国の言葉が必要になるかわからないから、若い時に様々な外国語に触れる機会があったほうがよい。複数の外国語を学ぶことは決して混乱をもたらすものではない。それどころか、人間の言語生活を限りなく豊かにしてくれるものであると私は信じている。
 
今後の方向としては、今まで通り音声にカを入れ、基本的な日常会話を習熟させることに尽きよう。さらには「実用フランス語技能検定試験」の4級合格を目指して学習させていきたい。フランス語を受講してのある学生の感想に、「フランス語は前からとても興味があったが、一人では全然手も足も出せずにいて、授業をうけることがでぎて難しいと思う反面、使えるようになりたいと強く思います。ぜひ、もっともっと会話重視で今後も進めてほしいです。学校に学習の契機があったことがよかったと思います。むずかしいけど一生計画でいきます」とあるように、この機会が将来への懸け橋となってくれることを期待したい。言葉はそれが話される国の人々とその文化に開かれた窓である。その意味からも選択フランス語の存在意義は小さくないと自負している。そして、卒業後は自由な言葉の大空へ羽ばたいてほしいと思う。


 卒業の子の行く道はあるがまま 稲畑汀子

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