高専実践事例集
工藤圭章編
高等専門学校教育方法改善プロジェクト
1994/03/24発行

   


  
こんな授業を待っていた

   
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T人文・社会・外国語系の授業がいまおもしろい
  4. 自主教材づくり

 

 ●新しい挑戦(184〜197P)

   コミュニケ−ション重視の英語教育と教材    小町谷 恩
                                 沼津工業高等専門学校教授

   オーラル・コミュニケイションを
 
   

  以前から高専の教育における、高専生の一般教養、特に語学力の低さが大きな問題点とされてた。一方、大学審議会答申《高等専門学校教育の改善について》(平成三年二月八日)にも指摘されているように、「産業、経済や技術が国際的広がりを強め、これに伴い技術者も国境を越えた職務が増えている現状から、高等専門学校においても、国際的に活躍できる能力を持った人材の養成を目的とする教育が求められている。」 今や、高専出身者にとって国際語としての英語は今後ますます重要になるものと考えられ、その要求はかってになくリアリテイを帯びたものとなっている。従って、それに対応した英語教育の早急な改善が要求されている。
 平成元年度に沼津高専を中心に五高専の協力を得て、文部省教育方法等改善経費によるプロジェクト「オーラル・コミュニケイションを重視した英語教授法の研究」が発足したが、初年度には参加者全員の討議により理論的解明を行った。結論を要約すると次のようになるであろう。
 高専においては大学受験という目標が存在しないにもかかわらず、とかく教育内容、教育方法ともに受験を指向する高等学校と類似の方向を取りがちであり、高専性にふさわしい動機づけが得難い状況にある。モチベーションを高めるには高専にふさわしい明確な教育目標を設定し、それに基づいた教育がなされる必要がある。
 これからの技術者に要求されるコミュニケイション能力は、(一)一般的英語力、(二)専門的英語力、(三)異文化適応力、であると考えられる。一般的英語力はオーラル・コミュニケイションを基礎に養われることが望まれる。そのためには実際的場面に基づく教材を重視する必要がある。また、教育方法を学習者参加、課題学習中心のものにすることによって効果を上げることが期待できる。
 そのような考えを反映した英語の教育課程の試案を作成した。
 平成二年度は、改善案に基づく授業が高専の現実において可能かどうか、また授業効果の面からはどうかを知るために、沼津高専の一年生全員を対象にして一年間授業をおこない、効果を測定した。学生の英語学習へのモチベーション面での改善は著しかった。テストの結果も全体として伸びが見られた。特に授業で強調した領域の進歩は顕著であり、他の領域でも特に心配になるような低下は見られなかった。その間高専に初めて配置された専任の外国人教師が着任したが、その効果には大きなものがあった。
 オーラル・コミュニケイションを重視した授業を行ってみて、新しい試みだけに様々な困難な点や解決を要する点に直面したが、とりわけ教材とその利用の面に多くの問題点があった。それまではオーラル・コミュニケイション重視の教育全般という形で取り組んできたわけだが、各領域に踏み込んだ研究の必要を感じた。中でも日本では指導の伝統が乏しいだけに、リスニングの指導の面に難しさがあったので、平成三年度にはプロジェクトを組替え「リスニング教材の利用と開発」の問題に取り組んだ。

 

   総合化の観点
   

  総合化という観点から高専の英語教育について考えてみたい。高専には優れた教師を確保し易い条件があり、設備面でも比較的恵まれている。それにもかかわらず、高専の英語教育が成功しているという話は聞かない。
 一つの問題は、各領域の学習に関して、とかくばらばらにその場その場で教えられることになりがちだということである。英会話が大切だとなれば外国人の講師を雇って会話を教えてもらう。文法を知らないので論文が読めないと言われれば英文法の授業を開講するということになる。それはまだしも、上級学年では教師が自分の好きな教材を教えるという大学型の授業になりがちだが、時間数も少ない高専の場合、果してこれで良いのか疑問になる。どうも卒業時にどのような力をどのレベルまでつける必要があるかという総合的な見通しに立って、カリキュラムを積み上げていく努力に欠けているのではないだろうか。
 ところでオーラル・コミュニケイションを重視する英語教育といえば、英語を聞くことと話すことを学ぶことだという誤解を与えがちであるが、読むことも書くことも同様に行うのである。ただ、英語学習の基礎に本来の言語活動の基本となる音声によるコミュニケイションを置こうとするのである。日本の英語教育では、従来オーラル面があまりに軽視されてきたのではなかろうか。Listening, speaking, reading, writing の四技能の学習の重要性は久しく唱えられてきたことだが、高等学校の検定教科書を見ても、ちゃんとしたリスニングの課題を用意したものはほとんど見られない現状である。
 オーラル・コミュニケイションを重視した英語教育は、見方を変えれば総合化への試みなのである。各領域の学習を相互に関係づけ、四技能を全体として効果的に発達させることを目指す努力である。これは教科内の問題にとどまらず、卒業時に如何なる力を必要とするかという点からすれば、一般的語学力と専門的語学力の接点をどう捕らえるかという点に結び付いてくる問題でもある。
 高専の英語教育には色々の困難な問題があるにせよ、自由にカリキュラムを組むことが出来る上に、入試準備に追われることもなく、本来の英語教育の実践や研究に打ち込める、英語教師にとっては恵まれた場であると見ることが出来るのではなかろうか。

 

   教材の役割
   

  コミュニケイションを重視した英語教育では、ともかく学生が参加し活動することが授業の中心となる。従来普通行われてきたような教師中心の授業においては、教師の一方的努力や強制によってもある程度の学習の成立を期待することが出来る。特に受験指導を目的とした授業は一般にその典型的なものと言えよう。しかしコミュニケイションの力を養うことに主眼を置いた授業では、学生の側に参加の気持ちがない限り如何ともしようがない。学生の主体性のある学習が前提になって、始めて可能になる授業である。モチベーションなどの学習者側の要因と、それを引出し学習を展開する態度や教育技術などの教師側の要因が備わったときに、効果的な学習が期待できる。英語の学習に限らず、今日の高専生に最も求められているものは、積極的に自分から学習に参加し、自己を表現したり、他人と共同作業をすることではないだろうか。
 教材は学習者と教師の間を媒介するものであるが、コミュニケイションを重視した授業では特にその役割は大きい。教材が不適切な場合、教師の力量を持ってしても容易にカバーしきれるものではない。従来の授業の場合よりもその度合は大きいのである。学習者の意欲的な学習を引き出すような教材が必要である。
 国内、国外で出版されている教材を使用したり、検討したりしてきたが、それぞれに長所も短所もある。国内の教科書その他の教材では、とりわけ高専低学年向きのものは、コミュニケイションの力を育てる教材の編集に不慣れなものがあったり、編集の基本的な目標が受験指導のためであり、コミュニケイションの力を育てることにあまり配慮の見られないものも多い。
 一方海外で編集された教材は、コミュニケイションの力を養うという点からは、概して編集方針も編集技術も一貫しているが、日本人の必要に必ずしも合わなかったり、無駄が多かったりしがちである。そのままで教室の使用にぴったりのものは、なかなか見つからない。
 またいくら良くできた教材でも教室では必ずしも学習を喚起しないことがある。学習者は課題が一般的なために、自分自身に関連した問題として捕らえない傾向がある。もともとテキストは多種の学習者を対象として発行されるものだから、一般的に成らざるをえない性質がある。全てに通用する完璧な教科書などは有り得ないと考える方が正しいのではなかろうか。この場合、学習者の心理に配慮し、場面の中で自分の役割が現実的になり、自己と関係づけられやすいように、部分的にでも教材を作り直してやることが必要となり、これが教師の重要な役割となる。同じランゲジ・テープを用いても、課題を手直しすることによって、全く新しいリスニング教材を作成することも可能になることもある。

 

   身近な材料の教材化
   

  以上に書いてきたようなことを、授業に基づく具体的な例について述べてみたい。実際にテキストに従って授業をおこなってうまく行かなかくて、教材に手を加えたり作り直した例で、本校外国人教師 Gregory Wendfeldt氏と共同で作成した。
 様々なテキストに買物を扱った教材が見られるが、学生はそらぞらしく感じることが多いようであるまず場面が概して曖昧である。場面が日本とすれば学生が英語で買物をする機会は通常まず考えられない外国とすれば店員の役割のほうが現実感を持ちにくくなる。そこで先ず場面を日本、しかも沼津のFast food restraurantとし、課題に情報を提供するために使われるメニューは実際のものを使用してみた。ここでは学生がアルバイト学生をしているものとし、その役割にターゲットを絞って学習するようにした。その代わり次の学習の段階は、場面をアメリカとし、学生は客の役割を中心に学習するようにした。またメニューはWendfeldt氏の米国で調査したものを使用した[例1]。またアメリカの取材に基づき、店員が実際にどのように対応したかも教材の一部に組み込んだ。このように身近な教材を利用して学習者に現実感を持たせ、次第に場面を広げて、柔軟に対応する力を養うような学習を目指した。
       
 このような考えに基づきLesteningからSpeakingへ発展する学習を目標としたTeam teachingのクラスにおいて、学生の活発で意欲的な活動が認められた。
 次は交通に関する教材である。交通機関や道案内を題材にした課題はテキストによく見られる。教科書に代々木から新宿へ向かう山手線の車中で誠が外国人の旅行者から尋ねられ、電車の乗り換えについて説明する対話があった。これは記憶のための教材であったが、その対話練習は盛り上がりを欠いた単調なものであった。幸い本校の近辺には東海道線、東海道新幹線、御殿場線、伊豆急線、身延線等交通機関に恵まれているので、地図を示していろいろな行き先を想定させて対話練習をさせることにより、活発な活動を引き出すことができた。地図や時刻表など身近なものを補助教材として既成の教材に組み合わせることによって、授業を活性化することが可能になることがよくある。
 [例2]はこの課題に関連してリスニング用に作ったものである。新幹線の車内で外国人に日本人ListeningからSpeakingへと発展することを前提として作成したものである。
       
 交通機関などについての既成の教材で学習者が困難を感じるのは、地名などに馴染みのないものが多く使われている点である。それが分からないために、コミュニケイションの基本構造の理解にいたらないことが応応にしてある。その点で、身近な日本の地名を使った教材の学習から始めて、外国の地名を用いた既成の教材へと進めば無理がなく学習できる。
 この教材は見方を変えれば新幹線の車内放送に具体的場面を与えたものであると言ってもよい。新幹線の英語放送は、始発駅の発車時、各停車時、終着駅停車前とある。これらに場面を与えることで様々なリスニング教材を作ることが可能になる。[例3]は東海道新幹線の東京駅発車時のアナウンスメントを書き取ったものである。
     
 仮に従来よく行われてきたような方法でこれをリスニング教材として利用するとすれば、このテープを二回ほど聞いたあとで、数個の英文を聞いて真偽を判定するとか、数個の英語の質問に答えるという形になるであろう。だがこれが非常によい方法かどうかには、疑問がある。聞き手は実際の場面では普通は必要なことだけを聞き取るのであり、聞きながらも何らかの判断をし、また必要な反応をするわけである。このように聞いたものをすべて記憶しておいてその内容を答えるという課題に対応する実際の場面は、通訳をすることなどを除いて、あまり考えられない。記憶保持の負荷が大きくて課題を不必要に難しくしている。乗客が放送に真剣に耳を傾けるとすれば、実際には何らかの必要があり、それを満たすためにそうしていると考えるのが自然であろう。従って、聞きながらそれに反応するという課題の作り方の方が現実に即しているということになろう。
 そこで実際により近い場面を与える形で課題を作ってみた。[例4]では一回に一つ場面を表す課題を読ませてからテープを聞かせる。可能なら一度聞かせてすぐ答えさせる。次に別の課題を与えてまたテープを聞かせる。このようにして同じテープを課題を変えながら何回も聞いて学習を進めることになる。学生の側からすれば比較的負担にならないし、飽きもこない。こうした課題は教師が自分の地域と結びつけていろいろと作成することが可能である。またオーラル・コミュニケイションを重視した英語教育においてとかく不足しがちな、リーデイングの学習を補うことにもなる。

 このような学習を基礎的段階でやっておけば、将来例えば外国の空港でのアナウンスメントなど
にも馴染み易くなるのではなかろうか。

 

 
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